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読書の意味を考えてみた

読書

最近は本を読むことが推奨されている。「年◯◯冊読んでます」というセリフも最近良く聞くだろう。たくさん本を読むことは一種の自慢話になる。

 

私も本を読むのが好きだし、読むのも早いので2016年は3ヶ月で100冊読むことができた。単純計算で年400冊だ。

 

「お、自慢かな?」と思うかもしれない。ですが私は最近理解しました。

 

冊数が多くても意味がないということを。

 

 

氾濫している中身のない本

私は図書館で、面白そうと思った本を片っ端から読んでいる。そして読み終わった後思うのは、

「全然面白くないな……」

だ。

 

なんか上手いこと言ってるだけで大して中身のない本がいっぱいあり、ロクに知識も付かず、時間だけ無駄にする。最近、そんな読書ばかりをしている。

 

本を売るために、中身の大して変わらない本が世の中にはたくさんあると思う。そんな本に金を払うのは馬鹿らしく感じる。

 

私の読書のあり方を変えたこの言葉

そんな読書をしていた私が変わったのはこの本を読んでからだ。

 

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結構有名らしい。実際に読んでみて、現代で勧められている読書のあり方を否定していると感じた。特に印象に残った部分はこれだ。

 

むしろ我々は、愚者のために書く執筆者が、常に多数の読者に迎えられるという事実を思い、つねに読書のために一定の短い時間をとって、その間は、比類なく卓越した精神の持ち主、すなわちあらゆる時代、あらゆる民族の生んだ天才の作品だけを熟読すべきである。彼らの作品の特徴を、とやかく論ずる必要はない。良書とだけ言えば、誰にでも通ずる作品である。このような作品だけが、真に我々を育て、我々を啓発する。

 

現代はこれと反対のことをしていると思わないか?

 

思えば、学校で有名な著作家や作品は習うものの、実際には読まない。名前だけだ。授業でやるとしても少しだけ。

 

例えば、私だってシェイクスピアぐらい知っているが、作品を読んだことがない。図書館に置いてあるに。なぜだろう?

 

多分、古いと思っているだろう。所詮、昔の話と思っているのだろう。

人間は古い物には良くないイメージを持っている。

 

しかし、少なくとも考え方、行いに関しては今も昔も変わらないはずだ。

 

だから、最近は有名な人の作品を実際に読むことにしている。

 

実際に古い本を読んで

今年は、歴史や哲学の勉強をしたいと思っているので、一石二鳥な韓非子を読んでみた。

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感想としては、やはり今も昔も変わらないということだ。韓非子の考え方は現代でも利用できるところがたくさんあった。一番好きなのはこれだ。

 

頭を使う者が多くなれば、法の権威は失われ、力をつくす者が少なくなれば、国は貧しくなる。

 

深いね。(小並感)

 

 

まとめ

取り敢えず、沢山本を読むより、有名な本や、自分がためになると思った本を真面目に読んだほうがいい。

 

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